« 「東大がつくった高齢社会の教科書」ベネッセ | トップページ | 書評:『革新的中小企業のグローバル経営(「差別化」と「標準化」の成長戦略)』(土屋勉男・金山権・原田節雄・高橋義郎著)同文館出版、2015年1月25日 »

2013年4月27日 (土)

高橋琢磨「戦略の経営学-日本を取り巻く環境変化への解」ダイヤモンド社

書評:髙橋琢磨「戦略の経営学ー日本を取り巻く環境変化への

ダイヤモンド社、201212月刊    

 

       元拓殖大学教授   松井幹雄

 

(はじめに)

社会人類学者として日本社会の特異性を鋭く洞察した中根千枝は、日本の学会や研究会における批評の仕方についても興味深い指摘をしている。

「まず、不必要な賛辞(それも最大限の敬語を羅列した)に長い時間を費やし、そのあとで、ほんのちょっぴり、自分の反論を、いかにもとるにたらないような印象を与える表現によってつけ加えたりする。客観的にみると、学者にあっても真理の追求よりも、人間関係のリチュアルのほうが優先している、といわざるをえない。私は、西欧においても、アジアにおいても、これほど不合理な学者間のやりとりを見たことがない。日本人の学問に対する『生ぬるさ』がここにも見られるような気がする。いかにも、実力よりも肩書きの優先する学者の世界のあり方であろう。」(中根千枝、「タテ社会の人間関係」講談社現代新書)

 評者は、幸か不幸か、人間関係のリチュアルを優先させなければならない動機・理由が見当たらない。従って中根教授の御眼鏡にはかなわないかもしれないが、日本人らしくないやり方で「戦略の経営学」を批評していくことにする。このささやかな挑戦がJTTAの書評欄の存在価値を高めることにいささかでも貢献するならば、まさに望外の喜びというべきであろう。

 

(本書の問題意識)

本書は、創知・情報化時代の経営戦略論の教科書として執筆されている。これまでの戦略論テキストが、複数の専門家によって分担執筆されてきたことからわかるように、経営戦略論は広い学問領域からなり、それぞれが専門化されている。しかし、その結果テキストとしてまとまりを欠くきらいが指摘されてきた。また著者は冒頭で、「日本では経営戦略論は無視されたり、誤解を受けてきた」と述べ、さらに「海外の新理論を無批判に受け入れるだけでよいのだろうか」と日本の戦略論のあり方に厳しい目を向けている。本書は、このような戦略論の問題点を熟知する一方で、長い間経営現場の近くにいて実務と研究に携わってきた著者の挑戦といえるだろう。これまで出版された戦略論テキストと異なり幅広い分野、最新のテーマを扱い、それらを豊富な文献と事例で補い内容を深めながらまとまった作品に仕上げている。テキストではあるが通説に対する批判や著者のユニークな見解も織り込まれている。また、「創知の戦略」、「戦略部品」という著者の新しい時代の戦略概念が登場するなど、読む人に知的刺激を与える個所が数多く含まれている。

 

日本人は、過去の経緯で出来あがった「現物」をよりよく工夫・改善することには巧みだが、「何もないところに論理的な整合性のある構築物をつくり上げるということになると、はたと当惑してしまう」という見方がある(岡崎久彦、「戦略的思考とは何か」、中公新書、1983)。ともあれ、これまで日本の経営学者は、「戦略とは何か」という視点に立って戦略論を論じ続けてきた。「戦略とは論理である」(伊丹敬之、「経営戦略の論理」、日本経済新聞社、1980)といい、「戦略の本質は、存在を賭けた『義』の実現に向けて、コンテクストに応じた知的パフォーマンスを演ずる、自律分散的な賢慮型リーダーシップの体系を創造することである」(野中郁次郎、「戦略の本質」、日本経済新聞社、2005)という。

しかし、P.Fドラッカーが指摘しているように「原形を失うほどに修正を加えてはじめて使うことのできる理論には、いかなる有用性も、意味もない」のである(「現代の経営」、ダイヤモンド社、1996)。

そして著者も、「失われた20年の責任は経営を誤った日本のICT企業経営者にある」(「戦略の経営学」、p7―以下同書からの引用はページのみ記入)とズバリ指摘しているが、日本の経営者の経営判断を狂わせたきたのは、こうした国籍不明の抽象的な戦略論に責任の一端があるかもしれない。

 

(本書における戦略論の展開)

さて、本書の前半は、経営戦略論における二つの大きな流れ、学派となってきたポジショニング論とリソース・ベースト・ビュー論に対する批判からからはじまる。1980年代から90年代にかけて戦略論の教科書として評価の高かったP.E.ポーターの競争の戦略論は、ポジショニング論を代表する理論である。著者は、このポーターの理論を俎上に乗せながら、「論理的な間違い」を指摘し、さらに彼の理論は「敗者の論理である」と述べている。後述するように、創知・情報化時代を迎えてポーター理論の基礎となる分析概念、「バリューチェーンが分解され有効性を失った」、と著者は考えているからである。そして、「創異」を提唱する著者の戦略論が展開されていく。一方、本書の後半は、創知・情報化時代の戦略として著者が提唱する「創知」、「戦略部品」などの新しいコンセプトを前提にした具体的な戦略論と組織論が展開されている。

まず著者は、ポーターの基本戦略論に向かっていく。「品質とコストの限界線」という図表(p22)を使いながら「縦軸に消費者の認識する品質を、横軸にコストをとるとポーターの(差別化かコストリーダーシップかという)二分法では図表中の品質と低コストの2つの極点を結ぶ点線となる。戦略としての選択は両端の2点のみとなり、その中間は在りえない。・・・ポーターの言う優位は、何も二分法で考える必要はないのだ。・・・二分法をとったことにより、その中間にある大きな市場を無視したという点で論理的に間違っているといえよう」述べている(pp2122)。しかし、ポーターが論じているのは「バリューチェーンをもつ売り手と買い手」で構成される業界であり、さらに「業界の範囲」、「セグメントの範囲」を明示するなど分析対象を限定している。従って、限界線の形も著者が描いたものとは異なり、縦軸、横軸と交接せず、「戦略としての選択は両端の2点のみ」という著者の主張の根拠は崩れてしまう。実際に、ポーターが、論文(「What is Strategy ?」、HBR, Nov-Dec, 1996)の中で描いたproductivity frontier曲線は、縦軸が「買い手の得る非価格的価値」、横軸は「コスト」であり、曲線は2軸と交接することはない。また著者は、ポーターが「差別化かコストリーダーシップか」という二分法の立場をとっていると批判している。しかし、ポーターが「集中」という第三の区分を設定していることには言及せず、またその理由について説明もない。

さらに「ポーターの競争戦略論は、目に見えない強者=日本企業に対する弱者、つまりアメリカ企業への処方箋であった」(p21)とも指摘している。しかし、ポーターがめざしたのは当然ながら普遍的な戦略論である。彼が日本企業を強者と捉えていたのかどうかは明らかでないが、彼が日本企業の行動を「合理的で戦略的な行動」と解釈しなかったことは確かであろう。

因みに、論者の数だけあるともいわれ、「神学論争」を繰り広げてきたのが経営戦略論の歴史である。これらを10の学派(スクール)に区分けし、それぞれについて批評を試みているH.ミンツバーグは、ポーターの理論について「戦略の策定を数値の合理的な分析に置き換えてしまったが、『三つの基本戦略』を導き出すという他の学派にない貢献をした」と的確に評価している。つまり、ポーター以外のほとんどの戦略論は、戦略をどうつくるのかその具体的な内容に立ち入らないで「ブラック・ボックス」にしたまま、その周辺の問題を論じているにすぎない。ただミンツバーグは、ポーターが「その結果として統合的な戦略構想という大切なものを戦略策定プロセスから追い出してしまった」とも述べている(H. Mintzberg et al, Strategy Safari,1998)。

 

(時代の推移と戦略論の関係)

戦略が多義的であいまいな概念であるということについては、これまで繰り返し指摘されてきた。著者も、「はじめに」の中で、経営戦略の論理も経営環境に大きく左右されるとの立場で本書を書いたと述べている。

戦略論のもつ「あいまいさ」は、1950年代にアメリカ大企業で、企業目標やその達成手段の選択に関する意思決定とその方法をレベルアップするために、意思決定に「戦略的」という用語を使いはじめた時に埋め込まれていたといえる(P.F.ドラッカー、前出)。そしてこの時期から、経営の中に「ビジネス・ポリシー」に代って「戦略」という言葉が入り込むことになる。しかし、周知のように戦略論の本家である軍事・安全保障論の分野でも、「戦略とは極めて多義的であいまいな概念であり」、さらに「戦略研究には明確な境界がない」ことが指摘されてきたのである(石津朋之他編著、「戦略原論―軍事と平和のグランド・ストラテジー」、日本経済新聞出版社、2010)。

さてアメリカは、19世紀末に登場したF.W. テイラーの「科学的マネジメント」の伝統の中で、1920年代から大量生産体制の導入によって新たに登場した問題に先進的に取り組んできた。こうして情報の不確実性と意思決定、論理、制御、品質管理、システムなど抽象的論理的人工物を対象とする新たな科学領域が登場する。ドラッカーのいう「マネジメント革命」であり、その成果は、第二次大戦で軍事作戦の中にも取り入れられ貢献したとされている。そして戦後になり企業経営の分野に適用されるようになる。

1960年代に入り経営戦略論が流行となった時、「分析―計画―実行―調整」という戦略計画の思想は、実践に役立つ論理、サイエンスと位置づけられていた。そして現実と理論の乖離は、歴史的に浅く専門化が進んでいない経営側の問題であり、いずれは経営側が理論に接近し解消するものと考えられていたのである。

しかし、経営が進化しても理論に接近していくことはなく、戦略概念の混乱は今日も続いている。2001年に出版された、J.マグレッタの(「What Management Is ? (邦訳:マネジメントとは何か)」、ソフトバンク・パブリッシング)がアメリカでベストセラーになったことは興味深い。

こうした歴史的観点を踏まえながら、著者が1980年代後半にはじまったと指摘する「創知・情報化」という時代とその戦略論に注目し、著者の提唱する「創異」の概念を吟味していくことにしよう。

著者は、時代が工業化の時代から創知・情報化時代に移る中で、「ポーターのいう『バリューチェーン』が壊れ、ものづくりと価値づくりが乖離していく、組立型製造業の価値づくりが組み立てから戦略部品にシフトすることをよく理解しなければならない」と述べている(p64)。

ITC産業の急速な発展の中で、「オープン・アーキテクチャー」と「モジュール化」という新しいルールが登場すると、関連技術を自前主義でワンセットとして自社開発してきた企業は、「分解された『バリューチェーン』を新たな観点から価値づくりを目指して再構成し、新たなビジネスモデルを開発することが必要になる」(p83)。

著者は、この新たな価値づくりは、特定のモジュールの設計・生産に集中し、それ以外は提携によって他企業の資源を利用することであり、これが創知・情報化時代の戦略の前提になってきたと述べる。

これまでにも著者は、1990年代に出現したグローバル競争に対応するために、創知情報の重要性を指摘し、「下からの攻め」と「戦略部品」という戦略概念を提起してきた(高橋琢磨、「戦略部品への挑戦―日本企業復活の条件」、日本経済新聞社、1994)。本書では、さらに一歩進めて、新しい時代を特徴づける包摂的な概念として「創異(difference-making)」を提唱している。つまり工業化の時代のバリューチェーンをいじくるだけは利益が出なくなり、自ら差異を創り出す「創異」が必要だというのである。本書における最も重要な主張が行われている個所であり、著者の大胆な仮説と理解すべきであろう。

 

「創異」は、著者によれば、革新的な技術を駆使して新しいコンセプトを提示する「創知(knowledge origination)」と、ブランドやビジネスモデルの創出たる「創美」に分かれる。

 著者がどう名づけようと、「創美」に関しては異論をはさむ余地は少ない。問題は、著者のいう「創知」であり、著者が「創知」という新しいコンセプトを最小限で商品化したものと定義している「戦略部品」であろう。著者は、戦略部品を、それがなければ製品としての価値がないという機能をもった部品で、コア・コンピタンスやケイパビリティと異なり、たとえばインテルのMPU、シマノの自転車ギアのような商品であると言っている。

だが、「創知」であろうと、「戦略部品」であろうと、その内実は、ブレークスルー・イノベーションによって達成されるということと同義だ。この視点は、古くは1970年代にM.ジェリネックが提案(M. Jelinek, Institutionalizing Innovation, 1979)し、最近ではC.クリステンセンが提唱しているのと同様である。つまり、これまでの合理的戦略論の常識を超える「逆説の論理」を内包するイノベーションを企業の戦略の中核に据えよというものだ。しかし、「優良企業が成功するのは、顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるような積極的に技術、製品、生産設備に投資するためだ。しかし、同じ理由で優良企業がイノベーションに失敗する」のである(C.クリステンセン、「イノベーションのジレンマ、(伊豆原弓訳)」、翔泳社、2000)。ともかく「創知」という著者の提案は、日本企業には高いハードルのように見える。著者は、「創知」、「戦略部品」という戦略コンセプトを提唱し、「下からの攻め」を強調するが、その具体的な戦略形成にまでは言及していない。

さらに著者は、「下からの攻め」に関連して日本企業のガバナンス構造が問題だったとも指摘している。たとえば、アップルの〈iPad〉のような新しいコンセプトが日本企業でも提案されており、日本企業にアイディアが枯渇しているわけではないのに、社内の思惑のために商品化できなかった点に問題があるというのだ(p193)。また著者は、C.クリステンセンの「破壊的イノベーション」やGEの提唱する「リバースイノベーション」も、実は著者が日本企業の観察から生まれた「下からの攻め」というコンセプトに包摂される概念だとも主張し、日本企業にも本来、「破壊的イノベーション」や「リバースイノベーション」を遂行する能力が備わっているとする。

しかし、この著者の見解は、著者が指摘するような「日本企業のガバナンス」の見直しといった問題ではなく、企業組織とイノベーションに関する研究による検証を待たなければならないのではなかろうか。

ここでは、これ以上言及しないが、デジタル時代の家電製品・電子機器産業の戦略論に関連して、「デバイスプッシュ型産業」という見解を指摘しておきたい。「『デバイスプッシュ型産業』で必要となるのは、製品やサービスのシステムに含まれる普遍的な機能を抽象的に把握して、システム全体と部分の範囲を恒常的に再定義し、自社の事業ドメインと必要とされる独自能力を同定する能力である。そこでは、自社の事業範囲を超えて、関連するさまざまな事業活動を含む産業システム全体を俯瞰することが必要となる。・・・こうした『抽象化』能力は、『製品プル型』産業システムで重要となる『擦り合わせ』能力とは異なるだけでなく、互いに矛盾する面もある。一部には、こうした抽象化能力の欠如を、日本企業の雇用システムやガバナンス、長期利益志向に起因するものといった議論もあるようだが、そこに因果関係を見出すのは無理があろう。あえて言えば、完成品企業を頂点とした閉鎖的な企業関係、もしくは系列システムの存在が関係している可能性は否定できないということであり、となれば、閉鎖的な企業間関係の見直しは改革の焦点となるかもしれない。また、汎用的な機能モジュールの抽出を基盤とした『デバイスプッシュ型』産業システムの下では、一般に、完成品企業による付加価値創出が難しくなるが、その状況は、企業経営のあり方を変えたからといって解決されるような問題ではない。」(青島矢一/武石彰/M.A.クスマノ、「メイド・イン・ジャパンは終わるのか」、東洋経済新報社、2010

 

(ものづくりと価値づくりは本当に「乖離」しているのか)

著者の「戦略部品」論の前提となる「バリューチェーンの分解」、「ものづくりと価値づくりが乖離していく」、さらに「価値づくりがデザイナーの手に託されるようになった」という認識について述べる。そもそも「バリューチェーン」は、ものづくりと価値づくりに分割できる概念なのか。さらに工業化の時代から創知・情報化時代に移ったために分析概念として有効性を失ったというのであろうか。

ここでポーターの「バリュ―チェーン」は分析概念だということを確認しておかねばならない。繰り返すがポーターの「バリューチェーン」の定義は、「価値のすべてをあらわすものであって、価値をつくる活動とマージンとからなる」(M.E.ポーター、競争優位の戦略)のであり、この「バリューチェーン」を「ものづくり」と「価値づくり」に分解する、といったことは想定されていない。そもそも「ものづくり」と「価値づくり」は次元の異なる概念であり、同列に論じることは出来ない。前者は個別企業の技術、組織能力と当該産業内の競争環境によって決まる。一方「価値づくり」は顧客の評価、その価値観のあり方によって決まる。敢えて言えば、これまで日本企業が生産工程における「品質」と「価値」を混同して、「価値づくり」という企業存続の基本前提をあいまいにしてきたということであろう。

本来乖離している価値づくりとものづくりをどう結びつけ、それを企業競争力に結びつけるのか。この「企業の価値づくり」の具体的な中身と、それが競争力と収益に結びつく理由を解明することが急がれる。この点については「ものづくりの現場を日本に残せ」と主張してきた藤本隆宏の議論に注目すべきであろう。

彼は「トヨタ的システムの神髄は、『設計情報の創造(開発)と転写(生産)』をよどみなく高精度で行う組織能力だ」と述べ、・・・このようなトヨタ的なルーチンの総体(トヨタ的システム―引用者)が、一貫したトータル・システムとして高い能力(生産性や高品質など)をもたらしてきたことは、過去の研究で論理的にも実証的にも確認済みである。そして、長年の逆キャッチアップ努力にもかかわらず、トヨタ的能力を完全にマスターした欧米企業はまだない。生産現場の生産性や品質において、トヨタやホンダなど日本のものづくり優良企業は、依然世界のトップにある」と指摘している(藤本隆宏「ものづくりからの復活―円高・震災に現場は負けない」、日本経済新聞出版社、2012

ここでは藤本も、「顧客にとっての付加価値は設計情報に宿る」とは言っているが、筆者のように「転写」が容易になったになったという理由で、「価値づくりとものづくりが乖離していく」という立場は取らない。つまり、著者が序論の中でいうように、「創知・情報化時代になってものづくりは簡単になり、現物は「設計情報」とイーコールになった(p13)」とは言えないのである。

藤本が取り上げたトヨタのものづくりは、クローズド・アーキテテクチャ―の代表的な分野であり、著者が重要な変化ととらえるオープン・アーキテクチャーの世界ではない。もちろん、評者も、著者が指摘するように日本の情報エレクトロニクス企業がものづくり能力をめぐる企業間競争に集中し、価値づくりを怠ったというという面は否定できないと考える。特にアナログ時代と異なり、デジタル時代の家電製品、電子機器には、ものづくりでの過程で生まれた少々の差異など消費者に無視されるという現実の意味はとてつもなく大きい。

 

(おわりに)

以上、本書の中から恣意的にいくつか論点を取り出し私見を述べた。全体を読み通して改めて感じるのが、日本企業にとって「良い戦略とは何か」という基本的な問いが必要だということである。1980年代に世界を席巻する勢いの業績を残した日本企業は、今やその多くが世界の競争から脱落し往時の面影をとどめない程度にまで追い込まれている。「失われた20年の責任は、経営を誤った日本のICT企業経営者にある」と、著者が指摘していることは既に述べたが、評者は、その間、経営学者、戦略論者はどのようにその原因を解析し、提言してきたのか、と問いたいのである。

著者は、日本企業の調子が良かった時には、日本企業の強さばかりに目をやっていたとの沼上幹の言葉を引用している(P26)。だが、それ以上の反省なり、前向きの提言はないのかと問いたいのだ。直近の状況を見ても、かつて日本産業を代表したエレクトロニクス企業は、「ガラパゴス化」などと揶揄されながら漂流を続けている。課題は未解決のままである。

経済学者の吉川洋、そしてノーベル賞経済学者P.クルーグマンは、共にそれぞれの近著の中で、現実から遊離し役に立たなくなってしまった経済学の現状を厳しく自己批判している。クルーグマンは、「End This Depression Now !(邦訳:さっさと不況を終わらせろ)」、早川書房、2012)の中で、「経済学が問題の解明、解決に貢献していないどころか、有害な存在になってしまった」と述べている。また吉川は、「デフレーション―“日本の慢性病”の全貌を解明する」(日本経済新聞社、2013)の中で、「デフレと金融政策をめぐる論争は、混迷する現代マクロ経済学の反映である」と述べ、現在のマクロ経済学が、「現実の経済とは何のかかわりも持たない知的遊戯に変わってしまった」と断じている。そして「現代のマクロ経済学が軽蔑する『古いマクロ経済学』は、いまでも役立つ。世界の中央銀行がゼロ金利の下で続ける手探りの試行錯誤を支えるのは、実は「古い経済学」の知見である」と述べ、現実から乖離した経済学のあり方に警鐘を鳴らしている。

著者は、浩瀚な専門知識と長年現場に近いところから企業の研究に携わりながら、役立つ戦略論を志向してきた。本書は、そうした著者ならではの作品であり、その知的挑戦に改めて敬意を表したい。

(記事00005)

« 「東大がつくった高齢社会の教科書」ベネッセ | トップページ | 書評:『革新的中小企業のグローバル経営(「差別化」と「標準化」の成長戦略)』(土屋勉男・金山権・原田節雄・高橋義郎著)同文館出版、2015年1月25日 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1836143/51393198

この記事へのトラックバック一覧です: 高橋琢磨「戦略の経営学-日本を取り巻く環境変化への解」ダイヤモンド社:

« 「東大がつくった高齢社会の教科書」ベネッセ | トップページ | 書評:『革新的中小企業のグローバル経営(「差別化」と「標準化」の成長戦略)』(土屋勉男・金山権・原田節雄・高橋義郎著)同文館出版、2015年1月25日 »

無料ブログはココログ