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2015年2月25日 (水)

書評:『革新的中小企業のグローバル経営(「差別化」と「標準化」の成長戦略)』(土屋勉男・金山権・原田節雄・高橋義郎著)同文館出版、2015年1月25日

 

評者:髙橋琢磨 (日本シンクタンク・アカデミー理事)

 

日本経済は、グローバル化の進展のなかで地位を低下させてきた。世界の大企業番付の『フォーチュン500』に名を連ねる日本企業の数は過去20年間で149社から57社へとほとんど3分の1のレベルにまで落込んでいる。だが、少子高齢化社会で日本経済の活性化を図らなければ、日本の先行きは怪しくなる。

そこで日本の国内生産の7割を占めるのが、特に世界と競合していないローカル経済圏に根をおろすL型企業の活性化策に注目したのが冨山和彦ならば、『革新的中小企業のグローバル経営』の著者、土屋たちは、中小・中堅企業のなかから「オンリーワン企業」を選び出し、彼らがグローバル経営へと脱皮することに期待を抱く。したがって、冨山が注目する企業が川越で「小江戸巡回バス」を走らせて小江戸・川越の観光振興に一役買うイーグルバスのような地域でオンリーワン・サービスを提供する企業ならば、土屋たちが注目するのは精密バルブというニッチ製品での「オンリーワン企業」として知られるフジキンのような会社になる。

著者の一人、土屋は革新的中小企業群に注目し、R&Dでも分野を絞り、特定の分野で強みを持ち、成長よりは持続を優先する、小さいが大企業には負けない実力が備わっている中小企業を「小さな大企業」と名づけた。ニッチ製品での高いシェアをもつ「オンリーワン企業」もそうした「小さな大企業」のカテゴリーの一つだ。本書は、4部、10章からなっているが、基本はそうした「オンリーワン企業」11社をとりあげ、その国際化への取り組みを一社ごとに検討し、そこから、グローバル経営への課題を拾おうとした取り組みになっている。

こうした「オンリーワン企業」は、定義によってニッチ製品で高いシェアを持つわけであり、海外の需要には「輸出で間に合う」(「輸出型企業」)ことになる。大企業であるインテルも「輸出型企業」といえる。

ところが、ニッチ製品は特殊な分野をカバーしているがゆえに、往々にしてリード・ユーザーに導かれて高度な製品が生まれるというケースが多い。こうした優位性のあるニッチ製品というコンセプトは、評者がかつて提案した「戦略部品」に近いコンセプトだが、「戦略部品」がそれ一つで商品になり得るほどの独立性の高い部品であるのに対し、オンリーワン企業のニッチ製品は多くの場合独立性が高くないという難点がある。

前出のフジキンの場合も精密バルブのユーザーが画期的とされる東北大学の大見忠弘の提唱したウルトラクリーンルーム型の半導体製造装置を開発した際に、バルブメーカーとして参加し、そこでの成功が「オンリーワン企業」へと導いたという経緯があり、ユーザー対応が重要になる。そのユーザーもまた半導体メーカーというユーザーを持ち、納入した部品はその半導体メーカーの工場で動いている。当初は日本の半導体メーカーは、競争力をもち、欧米のライバルと競っていたが、次第に工場の所在地としては韓国・台湾、中国と主力が移る一方、部品もまた半導体製造装置というシステムの一環という性格、つまりエンジニアリングサービスの一部になって行った。

そこでフジキンとしては、日本国内にR&D,製造の拠点を置きながらも、こうしたグローバルに散らばるユーザー対応に効率的に取り組める体制を築いて行った。アメリカで自社が得意とするバルブよりは大型のバルブ製造メーカー、CCIを買収したのは、アメリカでの顧客拡大(IBM,インテル)と製造拠点としてである。一方、アジアで韓国、台湾、上海にフルサービスができる拠点を設けて顧客対応に万全を期す体制を築いたが、バルブ製品に関しては汎用品と特殊・先端品に分け、汎用品を2002年開設したベトナム工場へ集中してコスト削減を図ることとした。韓国工場は重要顧客対応のためとのもの、日本はR&Dセンター、特殊・先端品に特化したマザー工場との位置づけとなる。

特殊シリンダーの南武、飲料缶のプルトップの昭和精工なども、国際化をはかる場合、このフジキンのタイプになることは容易に想像ができよう。事実、南武は中国とタイに製造子会社を持つが、それはいずれも汎用品のための工場という位置づけになる。

一方、「オンリーワン企業」のニッチ製品でも手離れが良いものもある。時計の文字盤用塗料を生産する根本特殊化学、精密ポテンショメーターの栄通信工業、自動串刺し機のコジマ技研工業、製麺プラントの富士製作所などのケースがそれに当たろう。

多くの企業では、現在のところ「輸出型企業」の形態で間に合っているが、時計文字盤用塗料、〈N夜光〉をもつ根本特殊化学は、当初、香港、アムステルダムの営業拠点の設置でグローバル市場をカバーしていたが、ポルトガル、さらには中国の深、上海、大連に製造子会社を持つことになった。そして時計の一大産地のスイスからはライセンシングで生産したいとの申し出があり、それに応じた形で2007年からライセンシング工場が稼働している。〈N夜光〉を看板商品とし、どの市場でも同じ行動をする「国際型企業」といえよう。

二つの違いは規模から来ているのかも知れない。そこで第5章、第10章では、制御機器メーカー、IDECを舞台に、標準化戦略、知財戦略を論じ、中小企業では「オンリーワン企業」たるデファクト(事実上の)標準戦略でことたりたものが、中堅企業ともなればニッチ製品だけでは狭く、そこにデジュール(法的)国際標準化をからめた知財戦略も必要になると説く。

IDECの与えた教訓とは、同社がいくつかのオンリーワン製品(=デファクト)を持っていたが初めは市場シェア100%でスタートできても、他社が追随してきたりすると相当なスピードでシェアを失うことが起こっていた。

そこで、安全面では画期的になると考えられたイネーブルスイッチの開発では、IDECは、研究開発マネジメントの考え方や構造を大きく転換し、従来のような単に研究開発と知財を連携させることを中心としたマネジメントではなく、国際規格の重要性の高まりを受け、「研究開発+知財+標準」の三位一体の先端的な開発体制をとったイネーブルスイッチというのは、柵内などの危険領域において、作業者がメンテナンス等の非定常作業を行う際、ロボットなどの機械の予期しない動作から回避するために使用する安全装置組み込みのコンポーネントである。

世界で通じる標準、すなわち国際規格等を重要視する流れはますます加速している。そうした中で、同社が国内で先駈け的モデルケースになり得たのは、単に技術が優れているから、アイデアがすばらしいからそれを特許にしておこう、知的財産として守っていこう、というような従来的な開発体制では、利益はすぐに失われることを実感したからだ。

IDECでは、イネーブルスイッチの世界標準をとるためには、具体的には欧州の企業と組み、日欧の安全基準に合致できるような製品になるよう規格を調整しながら開発をすすめ、市場に送り出したことから実際に機械メーカー、ロボットメーカーたちが採用するごとにシェアは上がっていくというオンリーワン製品(=デファクト)時代の経験とは逆の現象が現れている。

こうした標準化の議論を踏まえ第6章ではISO経営の意義が説かれ、第7章では11の国際化のケースからのアジア市場での成功条件が論じられる。

8章~第10章は、評者が上記で紹介してきたようなケース全体のまとめと今後の課題を論じている。第8章では経済産業省で2013年から始まったグローバルニッチ・トップ100社との関連、ドイツ中小企業の紹介がなされており、第9章では中小企業の国際展開に向けた中小企業海外展開支援策を、そして第10章ではリバースイノベーションの可能性を意識した叙述がうかがえる。

評者は、少子高齢化、人口減少に直面した日本経済は、日本企業の本格的なグローバル化がなければ、成長は覚束ないと論じ、大も小も多国籍企業化すべきだと提唱している(髙橋琢磨『日本企業の多国籍化:輸出立国から直投立国へ:グローバル経営シリーズKDP・http://www.amazon.co.jp/dp/B00ED8R8DM/ )。少子高齢化社会を生き抜くためには、北欧や韓国などが自国の市場が小さいゆえにグローバルな市場を想定しなければ経済的に成り立たなかった、彼らにならえということだ。

そして政府も、中小企業の国際展開に向けた中小企業海外展開支援策を展開し始めたばかりである。その意味では、本書はまさに好タイミングで出版されたといえよう。中小企業の枠組みでの「オンリーワン企業」から中堅企業に至るには飛躍が必要で標準化戦略等が考慮されなくてはならないというのもきわめて至当である。

ただ惜しむらくは、著者たち自身が指摘しているように、「オンリーワン企業」から中堅企業に至るには飛躍が必要だという事実だ。つまり、本書で取り上げられた11社が、フジキンとIDECを除けば、中堅企業というよりは小規模企業で「グローバル経営」に至るにはなお時間を要する存在だということだ。著者たちは、革新的中小企業、「オンリーワン企業」に焦点を当てて書いているが、残された課題(「おわりに」)で指摘しているように、「中堅企業への飛躍」に向けての次の研究に期待したい。

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